相手と向き合う愛の力(2019年7月14日)
すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。 (一コリント13:7) 最初の「忍び」と翻訳されているステゴーというギリシア語の動詞は、屋根をかけて覆うという意味の言葉です。そこから、相手の不 […]
当伝道所牧師
すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。 (一コリント13:7) 最初の「忍び」と翻訳されているステゴーというギリシア語の動詞は、屋根をかけて覆うという意味の言葉です。そこから、相手の不 […]
愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。 (一コリント13:4) パウロは「愛は自慢せず、高ぶらない」と記します。これらの教えもコリント教会の信徒たちの状態を意識して書かれたに違いありません […]
全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。 (一コリント13:3) 現在の新共同訳聖書の前に私たちの教会で用いられていた口語訳という翻 […]
あなたがたは、もっと大きな賜物を受けるよう熱心に努めなさい。 (一コリント12:31) この勧めの言葉は、これまでパウロが述べてきたこととは矛盾しているようにも聞こえます。パウロは教会がさまざまな賜物 […]
わたしが言いたいのは、こういうことです。霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。(ガラテヤ5:16) キリストを信じることは聖霊の働きによるものです(一コリント12:3 […]
もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。 (一コリント12:17-18) 「もし体全体が目 […]
目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。 (一コリント12:21) このたとえは、ずいぶん奇妙なたとえのように思えます。「手」は人間が生 […]
ある人にはその同じ“霊”によって信仰、ある人にはこの唯一の“霊”によって病気をいやす力 (一コリント12:9) 9節の前半には聖霊の賜物として「信仰」が挙げられています。キリストを信じる信仰が聖霊によって与えられるの […]
務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。(一コリント12:5) この主というのは、主であるイエス・キリストのことです。そして、「務め」というのは地上の教会の中でキリストから委託された「務め」のこと […]
ここであなたがたに言っておきたい。神の霊によって語る人は、だれも「イエスは神から見捨てられよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。 (一コ […]