神の恵みを無駄にしない(2021年10月24日) 2021年10月23日 preached by 三好 明 and published by 志木北伝道所 コリントの信徒への手紙二6:1-2 わたしたちはまた、神の協力者としてあなたがたに勧めます。神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません。(二コリント6:1) パウロがこのように述べているのは、コリント教会の信徒たちに、神様からいただいた恵みを無駄にするおそれがあったからでしょう。それは、どのようなことだったのでしょうか? 第一に、この手紙が書かれた当時、コリント教会の中には、純粋なキリストの福音を宣べ伝えたパウロではなく、5章12節にある「内面ではなく、外面を誇っている人々」に従おうとする信徒たちがいました。前にもお話しいたしましたように、そのような人々は純粋なキリストの福音ではなく、キリストの福音を水で薄めたようなユダヤ教的な教えを語っていたようです。11章4節ではそのような人々の宣べ伝えたのが「異なったイエス」「違った福音」であると言われています。ですから、そのような人々に従おうとする信徒たちは、キリストの福音から離れて自分の行いを誇るようになり、最終的にはキリストから離れてしまうおそれがありました。 第二に、コリント教会の信徒たちの中には、未だにギリシア神話の偶像の神々を礼拝している信徒たちがいました。そのことは、この手紙の6章16節でパウロが「神の神殿と偶像にどんな一致がありますか」と注意していることからわかります。この偶像礼拝の問題は、この手紙より前に書かれたコリントの信徒への手紙一のときからあったことです。すなわち、コリントの信徒への手紙一の10章で、パウロはエジプトを脱出したイスラエルの人々が偶像礼拝の罪を犯したことを述べた後、10章14節で「わたしの愛する人たち、こういうわけですから、偶像礼拝を避けなさい」と警告していました。当時、ギリシアのコリントの人々は、ギリシア神話の神々をまつる神殿で偶像の神々を礼拝していました。そして、神殿には大きな食堂があって、神々にいけにえとして供えられた動物の肉がその食堂で礼拝に来た人々に料理して提供されたそうです。コリントの人々は子どものときからそのような偶像礼拝の儀式や食事に参加してきたのでしょう。ですから、キリストを信じてクリスチャンになった後も、偶像の神殿に行って偶像の神々を礼拝し、神殿の食堂で食事をしていた信徒たちがいたのに違いありません。そのような行いを続けるならば、自分の身に神様の裁きを招くことになり、周囲の人々をも偶像礼拝の罪に誘うことになります。そのことをパウロは以前から警告してきたのですが、未だにその問題は解決していなかったのでした。 (10月24日の説教より)