コリントの信徒への手紙一 16:5-12

兄弟アポロについては、兄弟たちと一緒にあなたがたのところに行くようにと、しきりに勧めたのですが、彼は今行く意志は全くありません。良い機会が来れば、行くことでしょう。             (一コリント16:12)

アポロはパウロがコリントを去った後に、コリントの伝道で大きな働きをした人でした。そして、コリントで大きな働きをした後、アポロもコリントを去って別の場所で伝道していたようです。そこで、コリント教会の信徒たち、特に「わたしはアポロにつく」と言っていた人たちは、アポロが再びコリントに来て伝道することを熱望していたに違いありません。しかし、考えてみますと、「わたしはアポロにつく」と言っていた人たちは、パウロを低く見る人たちでもありました。ですから、それらの人たちの願いによってアポロが再びコリントに行くことは、人間的に考えれば、パウロのコリント教会に対する指導力や影響力を低下させることになるでしょう。もしパウロが「コリント教会はわたしの教会であって、アポロの教会ではない」というような考えをもっている人であったならば、アポロが再びコリントに行くことを認めなかったことでしょう。
しかし、パウロはそのような人間的な考えをもった人ではありませんでした。この手紙の3章6節で「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です」と書いているように、パウロは、アポロもまた神様からいただいた賜物と務めに応じて奉仕をした同労者であると考え、尊敬していたのです。ですから、再びアポロの指導を受けることよってコリント教会が成長するならば、それは喜ばしいことであると考えていたに違いありません。たとえ自分が犠牲を払って奉仕した教会であっても、コリント教会はキリストの教会であって自分の教会ではない、という健全な距離感をパウロはもっていたのでした。したがって、アポロに「あなたがたのところに行くようにと、しきりに勧めた」というのは、偽りのない事実でしょう。そして、それにもかかわらずアポロがあえて行こうとしなかったのは、コリント教会の中にある分裂を知っているアポロが、「今は自分が行くべきときではない」と考えたからでしょう。アポロもまた、コリント教会との間に距離を置くという健全な判断をしたということなのでしょう。              (7月5日の説教より)