「主人が召し使いたちの上に立てて、時間どおりに食べ物を分配させることにした忠実で賢い管理人は、いったいだれであろうか。」         (ルカ12:42)

教会の指導者は、教会を私物化する人であってはなりません(45-46節)。42節で「管理者」と訳されている言葉は、英語の聖書ではスチュワードと訳されることがあります。最近では別の呼び方をしますが、スチュワードやスチュワーデスと言いますと、飛行機の客室乗務員の方のことを連想します。飛行機の客室乗務員は、飛行機の中で乗客に対していろいろな指示を与えますが、それは乗客を安全に目的地に運ぶための指示です。教会の指導者も教会に属する人々にいろいろな指導をしますが、それは教会に属する人々を安全に天の御国へと導くための指導です。教会の指導者はどんなに重い責任を負わされていても、あくまでも主イエス・キリストに務めを委託された一奉仕者です。そのことを忘れますと、教会の私物化が起こる恐れがあります。教会の指導者はそうならないように心しなければなりません。
教会の指導者は、終わりの日に向けて備えをする人でなければなりません(43-44節)。日本キリスト教会信仰の告白にも、教会は「終わりの日に備えつつ、主が来られるのを待ち望みます」ということが告白されています。教会の指導者が不品行の問題を起こす場合があります。それは、終わりの日の最後の審判における裁きと報いを忘れて、つかの間の楽しみに慰めを求めようとするからです。また、教会の指導者が時代の思想になびいて、教会をキリストの体にふさわしくないものにしてしまう場合もあります。それは、今の時代のことばかりを考えて、終わりの日のことを考えないからです。わたくし自身、終わりの日に備えることを心してまいりたいと願っていますし、志木北伝道所の信徒の皆様の中から終わりの日に備えるよい指導者である「長老」が立てられるようにと祈っております。      (2月2日の説教より)