Sermons by 三好 明

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当伝道所牧師

恵みを受けるにふさわしい人(2019年4月7日)

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だれでも、自分をよく確かめたうえで、そのパンを食べ、その杯から飲むべきです。主の体のことをわきまえずに飲み食いする者は、自分自身に対する裁きを飲み食いしているのです。       (一コリント11:28-29)  「自分 […]

心に刻まれた食事(2019年3月31日)

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また、食事の後で、杯も同じようにして、「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。飲む度に、わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。         (ルカ11:25)  「新しい契約」とい […]

社交の場と教会の違い(2019年3月24日)

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それでは、一緒に集まっても、主の晩餐を食べることにならないのです。なぜなら、食事のとき各自が勝手に自分の分を食べてしまい、空腹の者がいるかと思えば、酔っている者もいるという始末だからです。              (一 […]

相対的なルール(2019年3月17日)

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自分で判断しなさい。女が頭に何もかぶらないで神に祈るのが、ふさわしいかどうか。   (一コリント11:13)  男と女の装いの違いを強調する13節から16節の議論は、パウロの時代の自然な感覚や習慣に基づいています。すなわ […]

適用されない聖書の教え(2019年3月10日)

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女はだれでも祈ったり、預言したりする際に、頭に物をかぶらないなら、その頭を侮辱することになります。それは、髪の毛をそり落としたのと同じだからです。                (一コリント11:5)  新約聖書の時代、 […]

いかに自由を用いるか(2019年3月3日)

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わたしがキリストに倣う者であるように、あなたがたもこのわたしに倣う者となりなさい。                (一コリント11:1) 「キリストに倣う」ということで、パウロはいったい何を考えているのでしょうか。それは […]

自由と自制のバランス(2019年2月24日)

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市場で売っているものは、良心の問題としていちいち詮索せず、何でも食べなさい。  (一コリント10:25-26) ギリシア神話の神々の偶像を礼拝する神殿で動物のいけにえがささげられたときに、そのいけにえの肉は三つの部分に分 […]

両立しないものを見分ける(2019年2月17日)

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それとも、主にねたみを起こさせるつもりなのですか。わたしたちは、主より強い者でしょうか。(一コリント10:22) 申命記32章16節には「彼らは他の神々に心を寄せ 主にねたみを起こさせ いとうべきことを行って、主を怒らせ […]

聖餐式の意味(2019年2月10日)

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わたしたちが神を賛美する賛美の杯は、キリストの血にあずかることではないか。わたしたちが裂くパンは、キリストの体にあずかることではないか。                (一コリント10:16) 「あずかる」という言葉は、 […]

偶像礼拝を避ける(2019年2月3日)

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わたしの愛する人たち、こういうわけですから、偶像礼拝を避けなさい。 (一コリント10:14)  パウロは「偶像礼拝を避けなさい」と言います。「避けなさい」と翻訳されている原典のギリシア語は「逃げなさい」とも翻訳することの […]