コリントの信徒への手紙二11:28-33
ダマスコでアレタ王の代官が、わたしを捕らえようとして、ダマスコの人たちの町を見張っていたとき、わたしは、窓から籠で城壁づたいにつり降ろされて、彼の手を逃れたのでした。 (二コリント11:32-33)
30節で「誇る必要があるなら、わたしの弱さにかかわる事柄を誇りましょう」と述べたパウロは、32-33節において、キリストによって弱い自分が助けられて力を与えられた具体的な経験を記しています。この32-33節は、使徒言行録の9章23-25節に記されている出来事のことを指しているのでしょう。
使徒言行録の方では、パウロはユダヤ人たちに命を狙われていたことが記されています。本日の聖書の箇所では「アレタ王の代官が、わたしを捕らえようとして、ダマスコの人たちの町を見張っていたとき」と記されています。「アレタ王」とは、紅海と死海のほぼ中間にあったペトラの都を中心にして繁栄したナバテア王国の王の名前です。パウロはダマスコで回心した後、本格的な使徒としての伝道活動を始める前にしばらくの間、このナバテア王国に滞在していました。ガラテヤの信徒への手紙1章17節に出てくる「アラビアに退いて」というのは、このナバテア王国滞在のことを指しています。おそらく、ナバテア王国滞在中に、パウロは要注意人物として「アレタ王」に目をつけられていたのでしょう。そして、ナバテア王国からダマスコに戻った後、「アレタ王」はパウロを迫害するユダヤ人たちと結託して、パウロを捕らえようとしたのでしょう。捕らえられてユダヤ人たちに引き渡されれば、パウロは殺されたに違いありません。
このように、パウロは使徒としての本格的な伝道活動を始める前に、きわめて弱い立場に追い込まれていました。ところが、キリストはそのようなパウロを助け出してくださいました。ただし、キリストが直接に介入して奇跡を起こしたのではなく、パウロの弟子たちを用いることによって助けてくださったのでした。すなわち、使徒言行録の方に「サウロの弟子たちは、夜の間に彼を連れ出し、籠に乗せて町の城壁づたいにつり降ろした」とあるとおりです。この経験は、おそらくパウロにとって、自分が弱くなったときにキリストが助けて強くしてくださる、という最初の経験だったのでしょう。 (10月16日の説教より)