テサロニケの信徒への手紙二3:3-5

しかし、主は真実な方です。必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます。         (二テサロニケ3:3)

 

「主」は、もちろん、イエス・キリストのことです。「真実な」というのは、ギリシャ語でピストスという言葉で「信じるに値する」「信じるにふさわしい」という意味です。ですから、「主は真実な方です」とは、「主イエス・キリストは、信じるに値する方、信じるにふさわしい方です」という意味です。

パウロがこのように言うことができたのは、キリストがパウロのためにしてくださったことをしっかりと受け止めていたからにほかなりません。パウロは、同労者のテモテに宛てた第一の手紙で、次のように記しています。「『キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた』という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。しかし、わたしが憐れみを受けたのは、キリスト・イエスがまずそのわたしに限りない忍耐をお示しになり、わたしがこの方を信じて永遠の命を得ようとしている人々の手本となるためでした。」(一テモテ1:15-16)パウロにとっては「罪人の中で最たるもの」である自分をも救ってくださったキリストこそ、「信じるに値する方」「信じるにふさわしい方」だったのです。

そして、パウロは、キリストこそ「信じるに値する方」「信じるにふさわしい方」であることを、自分だけではなくテサロニケの信徒たちにも当てはめて、3節後半で「必ずあなたがたを強め、悪い者から守ってくださいます」と力強く述べるのであります。「悪い者」と翻訳されているギリシア語の言葉は、「悪い」という意味のポネーロスという形容詞の男性・単数・属格という形に冠詞のついた言葉で、悪魔を表しています。注意していただきたいのは、2節に「道に外れた悪人ども」という言葉がありますが、こちらのほうは原典のギリシア語でポネーローン・アンスローポーンとなっています。単数形ではなく複数形で、しかも「人」という意味のアンスローポスという言葉が入っているのです。ですから、2節の「悪人ども」は、確かに人間ですが、3節の「悪い者」は悪魔のことなのです。天におられるキリストは、私たちを目の前の悪人たちから守ってくださるだけではなく、それらの悪人たちを動かしている元である悪魔からも守ってくださるということです。

「主の祈り」の中には「われらをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ」という祈りがあります。この「主の祈り」の中の「悪より」も、本日の箇所の「悪い者から」とまったく同じギリシャ語が用いられています。(中略)悪魔が人を誘惑して悪の道、滅びの道に引き込む力は強いのですが、父なる神様と主イエス・キリストは、悪魔の誘惑に打ち勝つ力をクリスチャンに与えてくださるのであります。              (12月1日の説教より)