コロサイの信徒への手紙1:18-20

神は、御心のままに、満ちあふれるものを余すところなく御子の内に宿らせ、その十字架の血によって平和を打ち立て、地にあるものであれ、天にあるものであれ、万物をただ御子によって、御自分と和解させられました。       (コロサイ1:19-20)

「満ちあふれるものを余すところなく御子の内に宿らせ」とはどういうことでしょうか?この手紙の2章9節には「キリストの内には、満ちあふれる神性が、余すところなく、見える形をとって宿っており」とあります。したがって、「満ちあふれるもの」とは、まことの神としての満ちあふれる性質のことです。クリスマスのときによく読まれるヨハネによる福音書の1章14節には次のように記されています。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。」そして、同じ1章の16節には「わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた」と記されています。イエス・キリストは、人間の肉体をもってこの世界にお生まれになりました。人間の肉体をもってお生まれになりましたが、キリストはこの世の人間がもっているような罪はもっておられませんでした。この世にお生まれになったキリストの存在の中に満ちていたのは、神様の「恵みと真理」でした。そのキリストを信じて交わりをもった人は、キリストの「満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた」のでした。それは、キリストを信じることによって神様と和解して、罪を赦され永遠の命を受けるという恵みでした。

キリストは、神様に対して罪のある私たち人間の代わりに十字架の上で死んで、私たち人間の罪を償ってくださいました。ですから、キリストを信じる人は自分の罪が明らかにされて裁かれることを恐れる必要がなくなりました。むしろ、自分の罪が赦されたことを感謝して、神様と平和な関係をもち、神様の喜ばれることをして生きることができるようになりました。そして、人間がすべてのものの創造主である神様と和解したということは、人間だけでなくすべてのものが神様と平和な関係をもつことができるようになったということです。なぜなら、旧約聖書の創世記の1章27節に記されていますように、神様が人間をご自身のかたちにお造りになったのは、「海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう」というご計画だったからです。人間が罪を犯して神様に逆らったために、ほかの生きものは神様に逆らう人間によって不当な支配を受けるようになりました。しかし、人間が神様と和解して神様の喜ばれることを行うようになれば、神様の御心に従ってほかの生きものを大切にするようになるはずです。現代の世界において、人間が地球環境を破壊してほかの生きものを苦しめているとすれば、私たちは、キリストの打ち立ててくださった平和がほかの生きもののためでもあることを考えなければなりません。そして、地球環境が神様の喜ばれる状態になるように、努力していかねばなりません。                (11月1日の説教より)