コロサイの信徒への手紙1:9-12
そして、神の栄光の力に従い、あらゆる力によって強められ、どんなことも根気強く耐え忍ぶように。喜びをもって、光の中にある聖なる者たちの相続分に、あなたがたがあずかれるようにしてくださった御父に感謝するように。
(コロサイ1:11-12)
「根気強く耐え忍ぶ」とは、わかりやすく日本語にした翻訳です。ギリシア語の原典では、ヒュポモネーとマクロシュミアという二つの言葉が使われています。ヒュポモネーとは「困難に直面したときに抵抗して耐えること」であり、マクロシュミアとは、「結果を待って穏やかさを保っている状態」です。この二つの言葉によって、困難に立ち向かう強い忍耐力と神様に信頼して結果を待つ穏やかな忍耐力の両方が表現されているのでしょう。主であるキリストに喜ばれる生き方は、この世の人々に喜ばれる生き方と違うことがあります。そのことが日本においてはっきりと現れるのは、偶像礼拝の問題です。日本では、偶像を礼拝することがこの世の人々に喜ばれる生き方です。しかし、偶像を礼拝することは、主であるキリストに喜ばれる生き方ではありません。ですから、クリスチャンが偶像を礼拝しなければ、この世の人々から批判されたり攻撃されたりします。そのように批判されたり攻撃されたりしたときには、妥協しないで抵抗することと穏やかに忍耐することの両方が求められます。聖霊様の御導きによってそれが可能になるのです。
12節の「光の中にある聖なる者たちの相続分」とは、永遠の命のことです。「相続分」と翻訳されているクレーロスというギリシア語は、新約聖書の時代に読まれていたギリシア語版の旧約聖書では、カナンの土地でイスラエルの各部族に割り当てられた土地のことを指しています。新約聖書においては、「聖なる者たちの相続分」とはこの世の相続財産である土地ではなく、天国の相続財産である永遠の命を表しています。父なる神様は、キリストを信じる者たちが、天国の相続財産の分け前にあずかるようにしてくださいました。言い換えれば、永遠の命を受けることができるようにしてくださったのです。ですから、12節の「喜びをもって、光の中にある聖なる者たちの相続分に、あなたがたがあずかれるようにしてくださった御父に感謝する」とは、独り子イエス・キリストを私たちに与えて、キリストの十字架と復活を信じて永遠の命を受けることができるようにしてくださった、父なる神様に感謝することです。永遠の命の恵みに感謝して生きることが、主であるキリストに喜ばれることなのです。 (10月4日の説教より)