エフェソの信徒への手紙5:15-17

時をよく用いなさい。今は悪い時代なのです。

(エフェソ5:16)

 

この「時をよく用いなさい」という御言葉は、前後の文脈から切り離して読めば、時間を効率よく使いなさい、という意味のように思われます。現代的な言い方をすれば「タイパ」のよい生活をしなさい、のように思われるかもしれません。しかし、前後の文脈を理解し、原典のギリシア語の意味を考えるならば、決してそのような世俗的な意味ではないことがわかります。前の15節の意味は、日々の歩みの中でキリストを証しすることができるように「細かく気を配って歩みなさい」ということです。そして、すぐあとの16節の後半の「今は悪い時代なのです」ということの意味は、今は人々が自分の欲望に従って「暗闇の業」を行っている悪い時代だということです。実際、物質的に繁栄したローマ帝国において、多くの人々は自分の欲望に従って神様の教えに反するようなことを習慣として行なっていました。

そして、この「今は」という言い方が念頭に置いているのは、世界の歴史のほかの時代のことではありません。100年前の時代はよかったが「今は悪い時代なのです」ということでもなければ、「今は悪い時代なのです」が、100年後はよい時代になるでしょうということでもありません。そうではなくて、キリストの最後の審判によって何が善であり何が悪であるかが完全に明らかにされる終わりの日から見れば、「今は悪い時代」なのだということです。つまり、終わりの日の基準で見て「今は悪い時代なのです」とパウロは述べているのです。そのように、終わりの日の基準で見るならば、多くの人々が自分の欲望に従って神様の教えに反するようなことを習慣として行なっている悪い時代の中で、キリストを証しすることができるように「時をよく用いなさい」とパウロは勧めているのです。

私たちが用いている日本語の聖書で「よく用いなさい」と翻訳されているエクサゴラゾーというギリシア語の動詞は、新約聖書のギリシア語の辞典によれば「あなたの道に来るどのような機会も利用する」という意味です。そこで、福音派の教会で用いられている新改訳聖書の新しい版は「機会を十分に生かしなさい」と翻訳しています。それでは、何のために機会を利用するかと言えば、先ほどもお話ししたように、キリストを証しするためにあらゆる機会を利用するということです。   (2月22日の説教より)