コヘレトの言葉12:1-14
青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。(コヘレト12:1)
「コヘレトの言葉」のコヘレトとは、神様の教えを教える集まりの指導をする人のことです。この人は、お金も権力もたくさんもっていた人だったようです。自分の仕事をいっしょうけんめいしたり、楽しいことをなんでもしたり、お金をじゃんじゃん使ったり、人の上に立って権力をふるったりして生きてきました。ところが、そのようなことをした後でこの人は思いました。人は何をして結局は死ぬのだし、世の中には正しくないことがあるのだから、人生は空しい!と思ったのです。
では、どうして人生は空しいと思ったのでしょうか?それは神様のことを信じないで生きようとしたからです。この世界をお造りになった神様を信じないで、自分の好きなことをして生きても、最後は空しいことになると気づいたのです。そこで、この人は「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。『年を重ねることに喜びはない』と/言う年齢にならないうちに」と教えているのです。「青春の日々」とは何歳くらいのことでしょう?旧約聖書の時代の昔の人にとっては、「青春の日々」は今よりもずっと若い年齢だったでしょう。おそらく、今の中学生や高校生くらいの年齢が「青春の日々」だったことでしょう。今は人の寿命が長くなって、人生100年の時代と言われています。ですから40歳くらいまで「青春の日々」と言えるかもしれません。それどころか、人によっては50歳になっても60歳になっても、「自分はまだ青春だ」と思っている人がいるかもしれません。青春時代は、自分にいろいろなことができると思う時代です。自分の人生にはいろいろな可能性があると思っている時代です。しかし、そのように思っていても、何をすればよいのか、どのように生きていけばよいのか、わからない時代でもあります。ですから、青春時代には、生き方に迷ったり、失敗をしたり、挫折をしたりすることもあるでしょう。
でも、生き方に迷ったり、失敗をしたり、挫折をしたりしても、それで人生が終わりではありません。私たち人間とこの世界をお造りになった神様のことを考えればよいのです。コヘレトが「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ」と言っているように、造り主である神様のことを知って、神様を信じて生きていけばよいのです。でも、そう言われても「神様のことがわからない」「神様なんて信じられない」と言う人もたくさんいるでしょう。そのような人は、神様が、ご自身がどのような方であるかを表すために、この世界に送ってくださった神様の独り子であるイエス・キリストのことを学びましょう。クリスマスはキリストのことを学ぶのにふさわしい時期です。 (12月14日の説教より)